保険会社の調査で一部損と認定された個人所有の賃貸マンションが、東京地裁で半損とする判決がありました。ポイントは「損害程度Ⅲ」が認められたからです。控訴期限までに被告の保険会社は控訴しなかったため、判決は確定しました。(東京地裁判決 令和2年11月5日 平成29年(ワ)19652号)
裁判の対象となった建物は、大分県別府市内の鉄筋コンクリート造8階建て賃貸マンションです。1991年に建築され、2014年に原告が購入、損保Bと火災保険契約を締結、火災保険金額は4.2億円、地震保険金額は50%限度2.1億円でした。不運にも2016年6月14日~16日に熊本地震が発生し、この建物も大きな被害を受けました。
〈訴訟の概要〉
契約者Aは損保Bに対し保険金を請求、損保Bの鑑定を2回受けたが判定は「一部損」だった。Aは実績のある1級建築士Cの協力を得て判定の見直しを要求したが、判定は変わることがなかった。「一部損」の判定に納得しないAは2017年6月13日東京地裁に提訴。28回の公判(期日)を経て、2020年11月5日原告の主張を認める判決が言い渡された。この訴訟において建築士Cは貴重な役割を果たした。
〈損害の認定〉
➀保険金支払
2016年まで地震保険金の支払区分は、一部損(5%)、半損(50%)、全損(100%)であったが、2017年から基準を拡大し、一部損(5%)、小半損(30%)、大半損(60%)、全損(100%)と4区分に改定された。本件は2016年の罹災につき3区分の下での裁判となる。
②合計損害割合
- 2016年までの損害割合
一部損3%以上20%未満/半損20%以上50%未満/全損50%以上
- 2017年以降の損害割合
一部損3%以上20%未満/小半損20%以上40%未満/大半損40%以上50%未満/全損50%以上
③損害認定基準
次に損害認定基準(鉄筋コンクリート造ラーメン構造)とは、
・程度Ⅰ ひび割れ0.2mm未満 近寄らないと見えにくい程度のひび割れ
・程度Ⅱ ひび割れ幅 0.2mm以上1mm未満 肉眼ではっきり見える程度
・程度Ⅲ ひび割れ幅 1mm以上5mm未満 部分的にコンクリートがつぶれている
・程度Ⅳ 広い範囲のコンクリートのつぶれ、鉄筋座屈などが生じている
建物は最上階を除き、被害の最も大きな階の損害が保険の対象となる。
〈本件訴訟の争点〉
本件損害の個所は、東西方向の梁をX1からX14と表記し(X12は欠番)、南北方向の梁をY1からY14と表記し、27の柱と梁が調査ポイントとなった。程度Ⅰの損害率は5%、程度Ⅱの損害率は13%が上限であるから、程度Ⅰと程度Ⅱの場合は20%未満となり「一部損」にしかならない。裁判ではこの損害認定を程度Ⅲと認める結果となった。
争点になったのは、X7とX14の損害であった。原告は、X7は地震が作用したもので、軽度の損傷が本件地震により拡大したもので程度Ⅲであり、X14については「ひび割れ1mm以上5mm未満」という基準に従えば程度Ⅲであると主張。
被告はX7が本件地震を原因としたものではない、X14は仕上げ材のひび割れに過ぎず、鉄筋が見えるようなひび割れではない、よってどちらも程度Ⅱを超えないと主張した。
〈裁判所の判断〉
X7については、地震の前から進行していた可能性が高く、本件地震による影響と認めることはできない。
X14については鉄筋が見えるかどうかは、当該建物の配筋のピッチや当該ひび割れの位置、形状によって異なるものであるが、保険会社の基準表にはその要件が定められていない。ひびの内部が複雑な形状をしていること、建物の躯体部分(梁)にまで損傷が生ずる可能性は容易に推認でき、程度Ⅲとすべきである。
〈まとめ〉
・本件は、原告が所有する賃貸マンションでしたが、管理組合を契約者とする保険は共用部分の保険です。共用部分で認定された損害は専有部分にも影響します。管理組合にとって今後参考としたい画期的な判例だと思います。
・マンションの場合、保険会社の調査だけに頼らず、組合員が協力し被害状況をお互いに調査確認することが必要だと認識させられた判決でした。
「編集部より」
本件は、マンション管理士・弁護士の土屋賢司氏が関わる訴訟でした。土屋弁護士は、「マンション管理規約の翻訳」(英中韓)や「管理費滞納金の回収」で割安な回収の仕組を提案するなど、管理組合に対する支援を積極的に行っています。この通信にも時折記事を投稿していただいている弁護士です。(文責/理事・宮井直哉)